FilmMaker Ishikawa Shingo

「蘇りの恋」「カササギの食卓」「出発の時間」「あさごはん」などの映画監督、石川真吾のブログです。

バンド・オブ・ザ・ナイト

中島らも著『バンド・オブ・ザ・ナイト』を読了した。言葉の爆弾にくらくらする。読了後の目眩感がすさまじい。中島らもの小説はエッセイ含めたいてい読んでいるが『バンド・オブ・ザ・ナイト』はほかのどれとも違う、異様な小説であった。酩酊描写の際の短いワードの洪水がすさまじい。

私は舌を失った王、たなびく草々の王、ワレモコウの王、カビの王、言葉なき者の王、君を待つ者たちの王、乞食の王、寸断された時間の王、片足を引きずった日没の王、裂け目の王、腐ることを忘れた死骸の王、窓からこぼれる光の王、サフランの黄金色の王、窓からしか見えない古語の王、君と君を取り巻いている空気の王、君を奏でる指先の先、蚊帳の中の王、チャイの王、腕相撲と澱と美しい叱り声の王、悪天候をいさめる王、君を目醒めさせベッドから立ち上がらせる王、ヒヒと歯ブラシとウイスキー入りのコーヒーを統べる王、ボヘミアン、閉所恐怖症、吸いガラ、失敗したタトゥ、カタツムリ、カンツォーネ、卵とネジ、キマイラ、向こうずねに蹴り込まれるキック、トルエンと内出血、紙くずと札束の間を永遠に往復するヌートリア、右手の指先で米をこねまわすカリー、米から造った酒、ガリガリと駐車する4WD、いつまでも来ないウェイター、水の上の煙、堕胎、唇、ガス、それらすべての者の王。王の王たる王。やせっぱちの、アバラを浮かせた王。カキ売りが通り過ぎる街角で、少年王は待っている。街灯に肘をついて、永久に来ない少女を。

ラリってるか酔っ払っているか、あるいは生と死を乗り越えた人間じゃなけりゃこんな文章は書けない。中島らも読みにはよく見る就職していた際のエピソードの間に、こういう言葉の洪水爆弾が仕込まれる。興味深いことに町田康が解説でこう書いている。

なぜそう思ったかというと、本書において大島の日常は比較的読みやすい文章で綴られるが、唐突に現れる、小説としては異様な、何頁にもわたるイメージの連鎖、言葉の連鎖の部分を読んだからである。
小説としてはこの部分は大島が酩酊したときの脳内に訪れるイメージとして読め、つまりだから素面の人間にとってはジャンキーの妄想、幻覚であるはずなのだけれども、驚くべきことにこの部分にそのような訳の分からなさというものはまったくなく、逆にすべてがおそろしく明白で、内閣総理大臣所信表明演説などに比べてもはるかにその意味するところがわかりやすい。

難解な言葉の酩酊はむしろ分かりやすく、この小説に世界のすべてが詰まっているような感覚さえ覚える。

そして、登場人物のほぼすべてが死ぬ。悲しい、というよりも生き残っちゃった諦念みたいなものが鳴り響いている。美しい小説だった。

おれは吐く。
吐きながらおれは吐く。
おれは吐く。
君のために、
おれは吐く。
おれは吐く。

バンド・オブ・ザ・ナイト (講談社文庫)

バンド・オブ・ザ・ナイト (講談社文庫)