FilmMaker Ishikawa Shingo

「蘇りの恋」「カササギの食卓」「出発の時間」「あさごはん」などの映画監督、石川真吾のブログです。

善について

さいきんはジャリ向けゲームのシナリオやって生活しています。
日頃の鬱憤やルサンチマンをぶつけまくってます‥‥がどうしても少年ジャンプ的勧善懲悪を求められ、困っちゃう時があります。ジョジョラーのぼくとしては望むところではあるのですが、主人公はつねに清く正しい正義漢である、こういったステレオタイプがどうしても苦手です。

変人と世の中から爪弾きにされても影ながら人の為に戦っていくのがヒーローの基本なんです。キャラは善と悪に分れていて、悪というのはDIOにしろ吉良にしろ描いてて楽しいですね。(略)一方、善のジョースター側は描くのが難しいです。正義とか勇気とかは、描き方によっては読者が「何を良い子ぶってんだよ」と反感を持ちます。でも、互いを引き立てる為に、この難しいのを描かなきゃならないんです。 
――“損をしない漫画を描く為の地図” 荒木飛呂彦  

そうなんです。以前コレを読んだときはフ〜ンだったんだけどいざやってみると本ッ当に善人を描くのはムズかしい。だいたいに現実において良い子ちゃんなんてのは大抵ムカつくやつばっかで、結局自分のことしか考えてねえクソ野郎でしょ?進んで学級委員やるヤツなんて死ね!とかいつも思ってましたし。そしてそういう良い子ちゃんてのは話すとたいていツマンナイ。ツマンナイから物語の登場人物としてもツマンナイ。だから主人公をひどいヤツにして修正を食らう。その繰り返し‥‥。

どうして敵(クライアント様)は主人公に聖人君子を求めるのか。今はダークヒーローの時代だと思うんですけどね。小学生は「デスノート」とかのアンチヒーローもの読んで興奮するわけでしょ?よく知らないけど。そして古いか。でもガキは学校でのお説教や授業がヤでゲームに逃避するんでしょ?不健全なものを見たいんじゃないの?ノリぴーの逃避行とかさ。他人のタンスからモノを盗む勇者が魔物を虐殺するゲームをやりたいんでしょ?内田樹さんがどこかで書いていたけど、子供が見たいのは「みんなが幸せに暮らす話」ではなくて「みんなが死にそうになる話」なんじゃねえの!?。ただ同時に荒木先生はこうも言っている。

悪を描くのは簡単で、描いていて楽しいし、読んでいる人もスカッとするんですよ。でも善を描くと『何言ってんだよ』『いい子ぶりやがって』と、反感を買われたりする。だから描くのはすごく難しいんですけど、善がないと悪が引き立たないんですよね。悪ばっかり描いてる漫画は多分、虚しいと思うんですよ。世の中には美しい心があるわけで、最終的に時代を超えるのは、僕は善だと思うんです。

が〜ん。かっこええ…。この言葉に涙を流しながら、善の見えにくい時代だからこそ物語では善をしっかり描くべきなのだとタイピングする毎日です。
次回は、悪について。

広告を非表示にする